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東京地方裁判所 昭和57年(ワ)15642号 判決

原告

宮岡重治

右訴訟代理人弁護士

吉武賢次

吉武伸剛

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

田中澄夫

外四名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、別紙物件目録記載の土地を明け渡し、かつ、右土地につき真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。

2  別紙物件目録記載の土地が原告の所有であることを確認する。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、昭和二三年二月二八日、別紙物件目録記載の土地の合筆前の土地(以下「本件土地」という。)を訴外小黒鹿蔵から買い受け、その旨の所有権移転登記を経由した。

(二)  しかるところ、本件土地につき東京法務局立川出張所昭和三二年五月一〇日受付第二九二五号をもつて、同年三月三〇日買収を登記原因とする原告から被告への所有権移転登記がされている。また被告は本件土地を占有している。

(三)  その後、被告は本件土地を被告所有の東京都立川市泉町一一五六番地、雑種地二九四六八二平方メートルに合筆し、東京法務局立川出張所昭和五五年一〇月八日受付第二九二九七号をもつてする合併による所有権登記を経由した。

2  しかし原告は被告に本件土地を売り渡したことはない。

仮に原・被告間に昭和三二年三月三〇日、本件土地の売買契約(以下「本件売買契約」という。)が成立したとしても、右売買契約は以下の理由により無効である。すなわち、本件土地は駐留軍立川基地用地として接収されていたものであるから、本件土地の買収には「駐留軍ノ用ニ供スル土地等の損失補償等要綱」(昭和二七年七月四日閣議了解)の細則である「提供土地等買収要領」(調達庁規則第二〇号)が適用され、同買収要領に基づいて買収手続が行われなければならない。そして、同買収要領第五条及び第三五条によれば買収に当たつては土地の実測調査を行い、買収調書を作成するものとされ、買収土地の面積は実測面積をもつて表示される。したがつて、買収価額はその実測面積に単位面積当たりの単価を乗じて決定されなければならないにもかかわらず、被告は本件土地を買収するに当たつて実測を行わず、公簿面積をもつて買収価額を算定したものであるから、本件土地の買収手続は右買収要領に違反してなされたものであつて、右違反は買収土地の範囲をあいまいならしめ、かつ、買収金額(正当な補償)の多寡に影響する重大な違反であるから本件売買契約を無効ならしめるものである。

3  仮にそうでないとしても、本件売買契約は、次のとおり、要素の錯誤により無効である。すなわち、買収土地の売買代金は、単位面積当たりの単価を土地の面積に乗じて算出されるから、土地の面積が実測上と公簿上とで相違している場合には土地の面積をいずれで表示するかによつて売買代金が異なるが、原告は本件土地を被告に売り渡すときは、実測面積に基づいて売買代金を決定する意思であつた。しかるに、本件売買契約においては、売買代金が公簿面積に基づいて算出されているから、原告に要素の錯誤があつたものである。

4  仮にそうでないとしても、本件売買契約は、次の理由により無効である。すなわち、本件土地は、昭和三二年三月当時、駐留軍の飛行場用地として使用され立入禁止とされていたから、民間人たる原告が本件土地の面積を実測できず、実測面積を知り得ないという立場に乗じ、被告が公簿面積に基づいて買収価額を決定することは、被告に協力した原告を不当に不利益不平等に扱うものであり、信義誠実の原則に反し、かつ公平の原理に反するものであり、本件売買契約は無効である。

5  仮にそうでないとしても、次のとおり本件売買契約は解除された。すなわち、被告は原告から本件土地を買収するに当たつては、本件土地が駐留軍立川基地用地として一方的に接収されていたものであるから、「駐留軍ノ用ニ供スル土地ノ損失補償等要綱」の細則「提供土地等買収要領」五条、六条、一八条、三五条及び三六条に基づき本件土地の適正なる売買代金の価額を算定するために本件土地の実測調査を行い、「現場実測図面」を作成することによつて本件土地の「数量」、すなわち、本件土地の買収の範囲を定める買収調書を作成することが法規上必要とされており、本件売買契約に当たり、原告が被告に対し、本件土地には「なわのび面積」が含まれているので実測してもらいたい旨申し入れたのにかかわらず、被告はこれを怠り慢然公簿面積をもつて買収価額を算定したもので、本件土地の買収に当たり「正当な補償」すなわち法律上適正な対価としての「売買価額」を提供しこれを弁済したとは認められない。

原告は被告との前訴すなわち東京高等裁判所昭和五七年(ネ)第五九〇号土地所有権移転登記抹消登記手続等請求控訴事件において、昭和五七年七月一五日付け準備書面(同年九月二日口頭弁論期日陳述)をもつて「被告は買収に当たつて本件土地の実測調査を怠り、その結果、本件土地に対する正当な補償すなわち適正な売買価額の支払義務を未だ履行していない」旨主張したが、被告は前記義務を履行しない。

よつて原告は、昭和五八年一一月五日到達の書面をもつて被告に対し本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

6  よつて、原告は被告に対し、所有権に基づき本件土地の明渡し及び本件土地について真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求めるとともに、本件土地が原告の所有であることの確認を求める。

二  被告の本案前の主張

1  本件土地の明渡しを求める訴え及び本件土地について所有権移転登記手続を求める訴えが既判力に触れることについて

(一)原告は被告に対し、本件土地につき左記「請求原因」を主張して、本件の請求の趣旨1と同旨の裁判を求めた(東京地方裁判所昭和五五年(ワ)第二五九四号土地所有権移転登記請求事件、以下「前訴」という。)。

(二) 請求原因

(1) 原告は被告に対し、昭和三二年三月三〇日、その所有にかかる本件土地を代金四二四万四四〇〇円で売り渡し、その旨所有権移転登記を経由した。

(2) ところで、本件売買契約は、本件土地をわが国に駐留するアメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)が使用する必要がなくなることを解除条件とするものである。

(3) 米軍は、昭和五一年に本件土地を使用する必要がなくなり、これを被告に返還した。

(4) よつて、原告は、被告に対し、所有権に基づき、本件土地の明渡しと所有権移転登記手続を求める。

(三) 右原告の請求に対し、東京地方裁判所は、「請求原因(1)の事実は当事者間に争いがない。しかしながら、本件売買契約に原告主張のような解除条件が付されていたとは到底認めることができない。」旨の判示をしたうえ、原告の請求を棄却する判決を言渡し、右判決は昭和五七年一二月一六日確定した。

(四) ところで、本件訴えについてみるに、当事者、訴訟の目的物(本件土地)、請求の趣旨(所有権に基づく明渡し請求及び移転登記請求)がいずれも前訴確定判決のそれと全く同一であり、また、両者において、請求の基礎となっている所有権の存在ないし帰属に関する原因事実を異にするものの、同一の本件売買契約の存否ないし効力を争うものであつて、単にその攻撃方法を異にするにすぎないものであり、本訴及び前訴の訴訟物はいずれも本件土地の所有権に基づく明渡請求権と所有権移転登記手続請求権であるから、前訴の既判力が本件訴え(所有権確認の訴えを除く。)に及ぶといわざるを得ない。

2  原告の主張が禁反言あるいは信義則違反であることについて

前訴は準備手続に付され、右手続において、原告は本件売買契約が有効に成立したことを自認し、右売買契約に解除条件が付されていることを主張したにすぎなかつた。右のように、原告は本件売買契約が有効に成立したことを自認しておきながら、前訴において敗訴するや、その準備手続において本訴におけると同様な主張することができたにもかかわらずそれをしないで、本訴において態度を一転して本件売買契約の存在又は効力を争うのである。

また、本訴における本件土地についての所有権確認の訴えは、前訴と訴訟物を異にするとはいえ、実質的には前訴のむし返しというべきである。

以上のとおりであるから、原告の本件訴えは、禁反言あるいは信義則に違反し、許されないものである。

また、本件土地の所有権確認を求める部分の追加的変更は許されないものである。

三  被告の本案前の主張に対する原告の答弁

1  明渡請求について

本訴における明渡請求は、所有権に基づく後戻りの返還請求(取戻請求)であるのに対し、前訴における明渡請求は、解除条件の成就により被告から原告に移転(復帰)した所有権の前向きの交付請求権である。物権的返還請求権と物権的交付請求権とは同一物の所有権に基づく場合でも、両者は物権的請求権としての性質が異なるから訴訟物としては別個である。

2  登記請求について

実体法上登記請求権の発生原因には、(1)現存する物権と登記の不一致の場合、(2)物権変動の事実と登記の不一致の場合、(3)登記に関する特約ないし合意のあつた場合の三つの場合がある。そして、登記請求訴訟の訴訟物は、登記請求権そのものであり(したがつて、既判力は右請求権のみについて生じ、その基礎をなす物権関係には及ばない。)、これを特定するためには請求原因としてその根源たる物権ないし物権変動を主張しなければならず、これが当該請求の同一性を識別する特定要素となる。

これを本件についてみるに本件訴えの請求原因は、原告が本件土地の所有権を有するにもかかわらず、登記簿上の所有者は被告となつているというものであつて、前記(1)の場合に該当する。これに対し、前訴の請求原因は、米軍が本件土地を被告に返還したことにより本件売買契約の解除条件が成就し、それによつて所有権が移転したというものであり、前記(2)の場合に該当する。

このように、登記請求権の発生原因事実が、本訴と前訴とでは異なるから訴訟物は別個である。

3  既判力の時的限界について

本件訴えの請求原因5は、原告が被告の債務不履行を理由に本件売買契約を昭和五八年一一月五日に解除した旨の主張であるところ、右解除の意思表示は前訴判決の既判力の標準時たる口頭弁論終結時(昭和五六年一二月一五日)よりも後になされたものであるから、前訴の既判力に触れる余地はない。

4  禁反言、信義則違反について

原告は、前訴の控訴審において、本件売買契約を締結したとの主張を撤回しており、禁反言に触れるものではない。

前訴の第一審において行われた原告本人尋問においても、原告本人は、被告の提出に係る土地売買契約書について「この書類は一切私の不在でできたものであつて、字も私の字ではありません。私がこの書類をはじめてみせられたのは立川の調達庁でした。」、と述べ、更に本件売買契約については売買代金についての交渉すらなかつたと述べているのであつて、原告は、前訴において事情としてではあつても、本件売買契約の存在を争つていたのである。したがつて、本訴の提起が信義則に反するということはない。

四  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1(一)ないし(三)の事実は認める。

2  同2ないし5の事実及び主張はいずれも争う。

五  被告の抗弁

1  被告は原告から本件土地を、昭和三二年三月三〇日、代金四二四万四四〇〇円で買い受けた(本件売買契約)。

2  被告は昭和三二年三月三〇日から本件土地の占有を開始し、以来占有を継続してきたものであるから、昭和五二年三月三〇日をもつて二〇年の取得時効が完成した。

よつて被告は右時効を援用する。

六  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

2  同2の事実及び主張は争う。

なお、本件土地の西側に訴外青木市五郎の所有に係る市川市泉町一一六二番一四及び同番一五の土地が、同じく北側に訴外藤野良平等の所有に係る一一三一番、一一三二番、一一三三番三の各土地がそれぞれ接しており、これらの土地はもと被告に貸しつけられていたが、昭和五一年三月ころ右所有者らにそれぞれ返還されている。ところがこれらの土地との境界が明確でないため、これらの境界近傍の部分について被告の占有が排除され右訴外人らが占有している可能性があり、したがつて被告が占有してきた土地の範囲がまず明確にされなければならない。

また、被告は本件売買契約に当たつて、本件土地の境界を確定し、その面積を実測して、その実測面積に坪当たりの価額を乗じて売買代金を算出し、その代金額を原告に支払う義務があるのにこれを怠つており、その債務不履行責任を棚に上げて、被告が、本件土地の取得時効を主張することは信義誠実の原則に反し許されない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告の本案前の主張について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告が前訴の訴状において主張した請求原因は、

(一)  原告は、被告に対し、昭和三二年三月三〇日、左記の約定で本件土地の所有名義の変更を認めた。

(1) 売買代金は、金四二四万四四〇〇円とする。

(2) 本件土地は、日米間の安全保障条約三条に基づく行政協定実施のため、日本に駐留する米軍の用に供するので、米軍の用に供する必要がなくなつたときは、右売買代金相当額で原告に売り戻す(返還する)。

(二)  日米安全保障条約に基づく行政協定により、米軍の飛行場用地となつていた本件土地は、昭和五三年一一月三〇日、米軍が使用を廃止し、使用目的は消滅した。

(三)  したがつて、被告は(一)(2)の約定に基づき、原告に本件土地を返還しなければならない。

というものであつた。

これに対し、被告は答弁書で、原告の請求を棄却する旨の判決を求め、原、被告間に、昭和三二年三月三〇日、本件売買契約が締結されたとの事実を主張した。

2  その間に、口頭弁論期日が重ねられ、昭和五五年一一月一〇日の第四回口頭弁論期日において、前訴は準備手続に付されたが、その後原告訴訟代理人は、昭和五六年三月九日付け準備書面(未陳述)において本件売買契約の契約書は、被告が原告と何ら検討することなしに一方的に作成したものであり、原告の姓名の記載は被告がしたものであると主張し、本件売買契約の存否ないし効力を争うかのような主張をした。

しかし、原告訴訟代理人は、同日の第二回準備手続期日において、前訴の請求原因は、本件売買契約に付された本件土地を米軍が使用する必要がなくなることという解除条件が成就したことであると主張し、更に同年六月一日の第四回準備手続期日において、本件売買契約が締結されたことは認めると主張し、本件売買契約の不存在ないし無効の主張をしないことを明らかにした。

そして、昭和五六年七月六日の第五回準備手続期日において、原告の主張はおよそ次のように整理・要約され、準備手続は終結した。(なお、前訴の第一審判決の事実摘示においても、同越旨の記載がされている。)

(一)  請求の越旨

(1) 被告は原告に対し、本件土地を明け渡し、かつ、所有権移転登記手続をせよ。

(2) 訴訟費用は被告の負担とする。

(二)  請求原因

(1) 本件土地はもと原告の所有であつた。

(2) 原告は、被告に対し、昭和三二年三月三〇日、本件土地を売り渡し、その旨の所有権移転登記がなされた。

(3) 右契約は、本件土地を米軍が使用する必要がなくなることを解除条件とするものである。

(4) 米軍は、昭和五一年に本件土地を返還し、被告にこれを引き渡した。

(5) よつて、原告は被告に対し、所有権に基づき、本件土地の明渡しと所有権移転登記手続を求める。

3  右準備手続の結果が口頭弁論に上程された後、原告本人尋問が行われたが、原告本人は尋問の中で売買代金を受領したことを認めながら本件売買契約については知らないかのような供述をしていた。

昭和五七年二月二四日言渡された第一審判決では、前訴の請求原因事実中、本件売買契約に原告主張の解除条件が付されていたことは認められないとして、原告の請求は退けられた。

4  原告は右敗訴判決に対し、同年三月九日、東京高等裁判所に控訴を提起し、請求の越旨のうち本件土地について原告への所有権移転登記を求める部分を被告名義の所有権移転登記の抹消登記手続を求める訴えに変更したうえ、請求原因についても従前の主張を撤回して、請求原因を本件売買契約の不存在、無効並びに解除を原因とする主張(本件訴状における主張と同じ。その主張は、請求原因5について昭和五八年一一月九日付け準備書面により一部変更されたほかは、本判決の事実欄「請求原因」記載のとおりである。)に変更したが、控訴審裁判所は、同年一二月六日の第六回口頭弁論期日において、右訴えの変更を許さない旨の決定をなし、原告は直ちに右控訴を取り下げた。

5  原告は、昭和五七年一二月二五日に右控訴審において変更の許されなかつた訴えと請求の趣旨及び原因を同じくする本訴を提起したが、その後本件土地が被告所有の土地に合筆されていることが判明したため、所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分を真正な登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続を求める請求に変更し、更に、昭和五八年一〇月一八日の第五回口頭弁論期日において、本件土地の所有権確認の訴えを追加した。

二1  右認定の事実によれば、前訴の訴訟物は、本件売買契約に付された解除条件の成就によつて原告に復帰したことを理由とする本件土地の所有権に基づく明渡請求権及び右所有権に基づく移転登記請求権であり、本件土地所有権確認請求の部分を除く本訴の訴訟物もまた本件売買契約の不存在、無効、解除を理由とし、当初から原告が有し又は原告に復帰した本件土地の所有権に基づく明渡請求権及び右所有権に基づく移転登記請求権であつて、訴訟物を同じくするものであると考えられる。

原告は、本訴における本件土地明渡請求は、所有権に基づく後戻りの返還請求(取戻請求)であるのに対し、前訴における本件土地明渡請求は、解除条件成就により被告から原告に移転(復帰)した所有権に基づく前向きの交付請求であつて両者は物権的請求権としての性格が異なるから訴訟物としては別個である旨主張するが、右のように物権的返還請求権と物権的交付請求権とを分けてこれらが別の訴訟物を構成する旨の見解には、にわかに賛成しがたく、同一物の所有権に基づく物権的明渡請求権は、いわゆる返還請求権も交付請求権もいずれも所有権を請求原因とし、請求原因を同じくする明渡請求権であつて同一の訴訟物であると考えるべきである。のみならず、仮に右のように物権的請求権を二種類に分ける見解をとるとしても、そのような見解をとる論者のいう物権的交付請求権とは、売買契約によつてすでに移転した所有権に基づく買主からの売買物件の引渡請求権のように、契約によつて物権の移転を受けたことを理由とする引渡(明渡)請求権を意味するものであつて、本件のように解除条件の成就によつて一旦所有権移転の効力を生ぜしめていた売買契約の効力が失われ、所有権がもとの所有者たる原告に復帰したことを理由とする明渡請求権がこれに含まれるものでないことは明らかであり、右の二分類によれば、本件の場合は、むしろ物権的返還請求権に当たるものというべきである。したがつて、本件土地の明渡請求権が本訴と前訴とで訴訟物を異にするとの原告の主張は理由がない。

次に、原告は、本件土地についての移転登記請求権について、本訴におけるそれは、原告が本件土地の所有権を有するにかかわらず被告名義の登記が存することすなわち現存する所有権と登記が不一致であることから生ずるものであり、これに対して前訴のそれは本件売買契約の解除条件の成就により原告に所有権が移転(復帰)したことを原因とするものであつて、物権変動の事実と登記の不一致から生ずるものであり、このように移転登記請求権の発生原因が明らかに異なるから、訴訟物は、別個であると主張する。しかしながら、前訴における登記請求権は、本件売買契約に付された解除条件の成就により、一旦所有権移転の効力を生ぜしめていた本件売買契約の効力が失われ、所有権が原告に復帰したとして、その所有権に基づいて移転登記を求めるものであることは、前記のとおりであつて(前訴の準備手続要約調書及び第一審判決の事実摘示参照)、所有権に基づく物権的請求権としての登記請求権であると考えられるから、本訴における移転登記請求権と異ならないものである。もつとも、本訴における移転登記請求権は、いわゆる真正な登記名義の回復を原因とするものであつて、被告名義の所有権移転登記の抹消登記請求によつても目的を達し得べき場合であり、いわば抹消登記に代る所有権移転登記を求めるものであることは明らかであるけれども、他方前訴における移転登記請求も、本件売買契約に付された解除条件の成就によつて本件売買契約の効力が消滅し、本件土地の所有権が原告に復帰したことを理由とするものである以上、理論的には所有権移転登記の抹消登記請求によるべき場合であると解され、前訴における移転登記請求権は、本訴における移転登記請求権と同様に抹消に代る移転登記請求権であるというべきであるから、この点においても、前訴と本訴とで訴訟物が異なるものということはできない(本訴の請求原因5の契約解除に基づく場合と前訴の請求原因とを比較してみれば、その性質は同一であつてその間に訴訟物の違いがあるとすることは困難であろう。)。

このように、本訴請求中、本件土地の所有権に基づき、本件土地の明渡しを求める部分及び所有権移転登記を求める部分は、前訴の訴訟物と同一であつて、前訴の確定判決の既判力に牴触するものであるから、裁判所は、訴訟物について前訴と異なる判断をすることは許されず(すなわち、本件土地の所有権に基づく明渡請求権及び移転登記請求権は存在しないものとして判断しなければならない)、その反面において、当事者である原告も、これに背馳する主張をすることは許されないものというべきである。

なお、この点について原告は、本訴の請求原因5の主張につき、本件契約解除の意思表示が前訴の既判力の標準時である第一審口頭弁論終結時以降になされたことを理由として、前訴の判決の既判力に牴触するものではない旨の主張をするが、右請求原因5の主張中の契約解除の原因自体は既に前訴の口頭弁論終結時に確定的に存在していたものであり、かつ原告は前訴において解除権を行使できたのにかかわらず、これを行使しなかつたものであるから、このような場合、解除の意思表示のみが前訴の口頭弁論終結後になされても、前訴判決の既判力に牴触することを免れるものではない(すなわち、既判力の効果としてもはや解除権を行使して本件売買契約による本件土地所有権の移転を争うことは許されない。)と解されるので、原告の右主張は採用しがたい。

2  次に本件土地の所有権の確認を求める部分は、その訴訟物が前訴の訴訟物そのものとは異なるものであることは明らかであるが、前訴の訴訟物が本件土地の所有権に基づく明渡請求権及び右所有権に基づく移転登記請求権であり、右明渡請求権も移転登記請求権も本件土地の所有権の存否によりその存否が左右される関係にあつて、実質的にみれば、右所有権の存否こそが問題とされ、これをめぐつて攻防がなされたものというべきである。しかも原告が本訴において、当初訴訟物として掲げたのは、本件土地の所有権に基づく明渡請求権及び右所有権に基づく移転登記請求権のみであつて、これに対し被告から前訴と本訴との訴訟物が同一で本訴は前訴の既判力に牴触する旨の主張がでた後に、所有権取得原因については右明渡請求や移転登記請求と同一の右所有権確認請求を追加したものであつて、右追加の時期等に照らし、右追加が、前訴の既判力に牴触するのを避ける目的で、前訴において訴訟物とされていなかつた所有権確認請求を追加したものであることが推認される。

更に〈証拠〉を総合すると、次の各事実が認められる。すなわち、本件土地は、昭和二一年にわが国に駐留するアメリカ合衆国軍隊立川基地用地として接収された後、被告が原告から賃借し従前どおり右用地として使用させていたところ、本件土地を含む基地用地が将来長期にわたり返還される見込みがないことから、このまま賃貸しておくよりも売却した方が得策であると考えた原告を含む右基地内の土地所有者四一名は、昭和二八年七月、東京調達局宛に「土地買収申請書」と題する書面(乙第一号証)を提供して基地用地の買取方を要請したこと、そこで東京調達局は右要請に応えるべく関係機関と折衡し、予算措置が整うのをまつて本件土地等の買収手続に着手したこと、そして調達局長は、駐留軍の用に供する土地の買収等の処理手続を定めた「提供土地等買収要領」(乙第六号証の二)に基づいて、まず、原告から昭和三一年三月ころ所定の「土地等買収申請書」(乙第三号証)の提出を受けて、買収対象土地の範囲を画定した「土地等買収調書」を作成し、土地等買収価額算定基準に基づいてその評価をしたうえ、いわゆる本庁協議、地方調達不動産審議会への諮問等の手続を経て決定した買収価額を原告に提示して交渉をし、昭和三二年三月三〇日、原、被告間に本件土地について売買代金を金四二四万四四〇〇円とする本件売買契約が成立し、所定の「土地等売買契約書」(乙第四号証)が作成されたこと、原告は、そのころ右売買代金を被告から受領したこと、その後、昭和五二年九月ころ、原告は、関東財務局立川出張所へ赴き、「立川基地内の土地について最近前の地主に払下げる話があるが本当か。」とたずねたり、「ある弁護士が本件土地は米軍に提供する目的で買収されたものであるから、米軍が立川基地を返還することによつて前の地主たる原告が本件土地の払い下げないし返還を求めて裁判をすれば勝てるといつているがどうだろう。」と述べたりしたこと、その後、昭和五四年二月ころにも、右財務局右出張所へ赴き、払い下げの可能性について打診したりしたこと、その後更に、右財務局右出張所や防衛施設庁の出先機関へ超き、「本件土地を実測すると、もつとあるはずだから実測してみてくれ。そして三一四四坪(前記(土地等売買契約書」に記載の面積)を超える部分は原告の所有だと認めてくれ。」等と述べていたこと、以上の事実が認められ、前掲甲第八号証の供述記載中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定の事実及び前記一に認定した事実によれば、原告は、本件土地の買上げを要請し、昭和三二年三月三〇日被告との間で本件契約を締結し、その後二〇年を経過した昭和五二年ころから関東財務局立川出張所や防衛施設庁の出先機関に赴き本件土地の原告への払い下げの可能性について打診したり、本件土地の面積が売買契約書記載の面積よりも広いとして超過部分につき原告の所有権を認めるよう働きかけたりしていたものであるが、本件売買契約の存在、及び効力を争つていたことはなく、また昭和五五年三月に原告が提起した前訴の第一審においても、原告本人尋間中で本件売買契約を知らないかのような供述をしてはいたものの、結局本件売買契約の成立及び効力を争うことなく、その有効なることを前提として本件売買契約に解除条件が付されていることを主張するにとどまつていたこと、そして、前訴の控訴審及び本訴において、突如、本件売買契約の成立自体を争い、又本件売買契約の無効、あるいは解除による効力の消滅を主張するに至つたものであるが、右の原告主張の無効原因、解除の原因とされる債務の不履行などは、いずれも既に前訴の準備手続当時確定的に存在し、また原告の前訴提起前の言動、前訴の準備手続の経過等に照らせば、右の各主張は前訴の準備手続において主張することが容易であつたと考えられ、前訴の提起時においても、本件売買契約成立後既に二三年を経過していたことを考えれば、被告の法的地位を不当に長期間不安定な状態に置くことを避けるためにも、右のような各主張は右準備手続において提出すべきものであつたというべきである。

そうすると、原告が、前訴判決の既判力に抵触することを免れるために、右のような各主張をするため、実質的には前訴のむし返しともいうべき本訴の所有権確認請求訴訟を、本件売買契約後二五年以上も経過した後に、提起する(訴の追加的変更による)ことは、信義則に照らし許されないものと解するのが相当である。

三以上のとおり、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく、いずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡崎彰夫 裁判官高橋隆一 裁判官竹内純一)

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